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愛を。

看護師ケアマネ。愛すべき利用者との関わりをちょっぴりフィクションほぼノンフィクションで。(記事の編集を随時行っています)

拒絶する人

生きることを拒否した人は、孤独を貫き最期を迎える。

 

利用者の妻が倒れ入院が長引き、介護の認定を受けている夫は在宅での生活が難しくなった。

いやサービスを受けてくれたら何とか在宅は可能なのだが・・・

ショートステイ先では暴言を吐き、早々に帰された。

配食サービスを断り、ヘルパーを断り、すっかり引きこもった。

他市に住む娘は、1週間に1回程度訪問し世話をしているようだが、父と娘の関係は良好とは言えない様子だった。

それでも玄関を開けてくれ、中に入ることが できる日もあった。

散らかっている部屋を、ヘルパーが来て片付けますよ、転んだらいけないからですね、と言ってみる。

のらりくらりと返事をかわし、なかなかそれ以上踏み込むことができない。

「死にたい」「死んで良い」と言った。

妻が退院したらまた元のような生活が送れるのだから、それまで何とか困らないようにお手伝いできることがありませんかと何度も伝えた。

 

近所との付き合いも妻しかしていなかったので、民生委員さんに話しても「旦那の顔も知らない」と言われる始末・・・

地域との繋がりは、妻が入院した途端分断されたのだ。

そもそも私たちは確かに『個』であるはずなのに、夫婦になり家族ができると、その繋がりを誰か自分以外の者が行っているということを忘れてしまう。

そもそも彼は結婚しても家族ができてもそこに住んでいてもずっと孤立していたのだ。

仕事をしている間だけは社会との繋がりがあったのだろう。

 

いつの日かは中から大声で怒鳴り、「帰れ!迷惑だ!」と言った。

そのうち玄関を叩いても大声で呼んでも、全く出てこなくなった。

戸の隙間から動くのが見えたり、大声を出してくれるときはまだ良かった。

家の周りで蚊に刺されながら、どうしたら良いのかわからなかった。

包括支援センターに相談しても、何の解決の糸口も見えなかった。

娘に相談しても「父を説得することはできない。父の好きなようにさせる他ない。行ってくれてありがとうございます」と言われた。

死にたいと言っていたと伝えた。娘は知っていると言った。

 

ある日の朝、娘から「父が死んでいました」と電話があった。

娘は意外ではなかったようだったし、動揺もしていなかった。

私は深くは聞かなかったが、理解した。

私はケアマネとしてできることはやったと思うし悲しさも無かった。

人間は死ぬ権利もあると思う。

しかし、どうして死ななければならなかったのかと考える。

どうしてそれほどまでに人を拒否し、社会を拒否し、生きることを止めたのだろう。

彼の人生を、彼の生き方を想う。

人生の途中、終盤に差し掛かったところで出逢ったケアマネが、その人の人生や生き方を計り知ることはできないかもしれない。

しかし、生きることは元々苦しいことなのだ。

死ぬまで生きることは元々苦しいことなんですよ。

 

でも彼は死にたかった。

 

孤独死と言われて久しいが、サービスや行政の介入を拒否し、亡くなる方には1日でも早く発見してやることしかできないと思う。

それこそ多くの方が知らないだけで、あなたのすぐ近所で人の形にウジ虫が群がっている状態で発見されることもあるのです。

 

人から手を差し伸べられてもその手を振り払う、それもその人が選んだ生き方なのだと尊重されるべきなのかもしれない。

人を拒絶する人は死んだ後なんて知ったことかと言う。

しかし、ウジ虫が群がるその亡骸を片付けるのはやはり人の手を借りるしかないし、しかも社会的弱者と言われる人達(知的障がい者等)があなたの身体を家の中を片付けてくれるのです。

 

人は死んだ後も人の世話になるのです。どんなに拒絶しても。