愛を。

看護師ケアマネ。愛すべき利用者との関わりをちょっぴりフィクションほぼノンフィクションで。(記事の編集を随時行っています)

脅す者

彼は偉大なる父の影に怯え、永遠に虚構の世界で生き続ける。

 

「問題のあるケースである」と役所からの依頼。

初回訪問の面談は長時間に及び、彼の独特な言い回し、威圧的な態度を存分に振り回し、お役所仕事的な対応を嫌っていることがわかった。

母親と2人暮らし。

亡くなった父親は立派な会社に勤めていた。

彼がどんな愛情を受けて両親に育てられたかはわからないが、相当の期待をされて幼少期を過ごしたのだろうと彼の話から推測された。

多分そんな期待に応えられなかったのだろう。

彼の話はどこまでが本当でどこまでが作り話なのか、いやほとんどが嘘だったんだろうと思う。

定職に就かず(就けないと思われる)、アルバイトをしているようだが、それも不確かだった。

話している時の視線はいつも泳いでいて、段々ボルテージが上がってくると眉毛も吊り上がり、まるで物語を聞いているような気分になっていく。

話せば話すほど白々しく、嘘丸見えの呆れた内容もあった。

しかし、ケアマネとしてはただ淡々と粛々と向き合うことに努めた。

そんなある日電話があり、「相談があるからちょっと来て欲しい」。

どんなことだろうかと想像しながら(これまでヘルパーやデイへの不満や苦情が度々あっていたから)すぐに訪問すると、

「お金を貸して欲しい、1万円で良いから」。

息子と2人切りの部屋の中、突然のことで心臓がどきどきしてきた。

私の鞄の中には1万円入っている財布があった。

彼はいろいろと言い訳をし、何とか貸してもらおうと必死になり、眉毛が吊り上がってきた。

ケアマネは日頃から、いつでも何でも相談してくださいね、と伝えている。

そう言うことで利用者・家族は安心でき、困った時に思い出してもらえるから。

しかし、こんなことに使われようとは・・・

私が貸そうとしないため、挙句には「5千円で良いから」と言ってきた。

それを聞いた途端、私は彼の弱さを感じ取った。

どんなにすごまれても脅されても、やはり貸すことはしてはいけないと確信した。

一時的に彼が助かることがあっても、あくまでも一時的。

この一回だけでは済まないだろう(病院などあちこちに滞納あり)。

当たり前のことだが、ケアマネと利用者の関係で、個人的なお金の貸し借りがあってはならない。

お金を貸すことが彼を助けることにはならないだろう。

もし本当に困っているならその父親の、育った環境のプライドを捨て、生活保護の相談に自ら行くべきだろう。

(遠く離れた妹さんも兄の存在に怯えていた)

 

ほどなく母親を送って来たデイの車の音がした。

私はホッとした。

彼は「このことは母には内緒に」と私を睨んで言った。

その後彼から金銭の要求は無かったが、そのうち誰も家に入れなくなった。

サービスを使うとお金がかかるので、自分で看ることにしたようだった。

そうなる前、母親本人に「入院したくないですか?」「お風呂入りたいでしょう?」と息子が席を外した瞬間尋ねて何とか家から出そうとした。

認知症が出始めた母親だったが、首を横に振り、「そういうわけにはいかないだろう。息子が、良いとは言わないだろう」と諦めているようだった。

まるで息子がこんな人間になったのは自分のせいだからもう覚悟している、諦めていると思っているように感じた。

訪問する時は必ず2人で訪問し、玄関を叩くが怒鳴って決して中には入れてくれない。

「お母さんの心配をしています」と言っても何も誰も、彼を動かすことはできなかった。

 

ケアマネのできることは少なく、それまでの家族関係・家族の歴史・育った環境が変わるような大きな影響力もない。

 

とかく人は悲しくて愛おしいと思う。

 

本当に欲しいモノが何なのか。

自分の心の声が聞こえなくなって、自分を知ることもできなくなって、人を攻撃し貶めることによってしか、自分が存在し続けられなくなってしまう。

 

彼の真実がどこにあったのか。

 

母親が亡くなって1人になった彼は、自分を赦し自分の心が見えただろうか。