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愛を。

看護師ケアマネ。愛すべき利用者との関わりをちょっぴりフィクションほぼノンフィクションで。(記事の編集を随時行っています)

礼を言う人

その人は薄っすらと涙を浮かべる。

おばあちゃんの世話が嫌と言うわけではないが、認知症の周辺症状には困ることも多い。

デイでお風呂に入って来てもまた家で入る。

沸いていない冷たい湯の中にも入ろうとする。

孫の服を絶対自分の物と言い張り睨みつける。

この前はテーブルにあったタバコをむしって食べていたそうである。

テレビのリモコンはいつも所在不明。

テレビが点かないとあちこち触ってますます映りがおかしくなる。

まだまだ夜が明けない早朝に起き出し、朝ごはんが出て来るのを待つ。

ご飯を食べても、食べていないと言う。

部屋の中は「今日はデイはお休みです」の張り紙があちこちに貼ってある。

デイの無い日も「まだ迎えが来ない」と言っては外に出たり、部屋に戻ったりを繰り返す・・・

 

デイに行き出してもう3年くらい経ちますかね。

義母の認知症の症状に困った長男の妻は、市役所へ相談に行ったそうです。

その際窓口で「まだまだ大したことないから」と言って介護保険の申請を受け付けて貰えなかったそうです。

それでこちらに相談に来たということでした。

 

もう私は忘れていたが、この前の訪問の時、長男の妻がそんな話をした。

「今日のニュースでアレルギーのある自分の子どもに牛乳を飲ませたって。2人で暮らしてあったそうです。どこも相談に行けなかったんじゃないですかね。もうお母さんは1人でいっぱいいっぱいだったんじゃないですかね。私思い出したんです。こんなサービスを受ける前のことを・・・」。

私はそのニュースを知らなかったが、当時の自分の気持ちを重ねたのだろう。

そして、「今はこうやって毎月来てくれるので本当に安心です。本当に助かります。ありがとうございます」と言った。

 

長男の妻は、義母が元気な頃はいわゆる昔からある嫁姑の関係で、泣くことも多かったようだった。多くは語らないが、彼女は言った。

「今の方が断然良い。おばあちゃん、聞かない時もあるけど、ありがとう、お世話になりますって言ったりするんです。もうそんなこと言われたことなくて。今の方が全然良いです」。

以前は別の部屋で寝ていたが、ベッドの横にポータブルトイレを置くようになり、隣で寝るようになった。

「別の部屋で寝ていた時はちょっと物音がすると気になって眠れない時があったんですが、不思議ですね、今隣に寝ていて夜中に歌を歌われても平気で寝ている自分がいるんですよ」と笑って話す。

私も一緒になって笑う。

人間って凄いですねーって。

仕事もあるし、身体は本能で休ませてくれるんですねーって。

寝ないと持たないですもんねーって。

 

にんげんってすごいな。

この人の持っている強さが、やさしさが、十分に介護に発揮できていると思う。

「そうじゃないでしょ、違うでしょ」って喧嘩している2人を見て、「そんなにムキにならなくても」と笑って言う長男(多分優しく)。

「でも言っても良いんじゃないかって」と長男の妻。

良いと思いますよー

認知症の人に否定はよろしくないと言うのが一般的であるが、実際には否定してもその後症状が悪化するとか、そんなことになるとは全く限らないのだ。

毎日親子喧嘩しているケースもあるが、その時以外は多分仲良し親子。

認知症だってそうじゃなくったって、人間だもの、口喧嘩くらいしたって当たり前。

聖人君子みたいに、認知症の人に自分を殺してまで優しくし続けられるかって言ったらできないでしょ、潰れてしまうでしょ。

否定したって全然大丈夫な場面や人間関係だってあるのだと思う。

私は本人の味方でもあるし、介護者の味方でもある。

どちらの言うことも否定しない。

全くもってその通りだと思うから。

 

 

 

おばあちゃんは礼を言う。

今は小さい世界に住んでいる。

脳はかなり萎縮している。

だけど優しくされたら、礼を言う。

感謝の気持ちは残っている。

それは社交性を保っているということ。

それは人間としての尊厳。

生きること、生きていくことを教えてくれる。