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愛を。

看護師ケアマネ。愛すべき利用者との関わりをちょっぴりフィクションほぼノンフィクションで。(記事の編集を随時行っています)

礼を言う人

その人は薄っすらと涙を浮かべる。

おばあちゃんの世話が嫌と言うわけではないが、認知症の周辺症状には困ることも多い。

デイでお風呂に入って来てもまた家で入る。

沸いていない冷たい湯の中にも入ろうとする。

孫の服を絶対自分の物と言い張り睨みつける。

この前はテーブルにあったタバコをむしって食べていたそうである。

テレビのリモコンはいつも所在不明。

テレビが点かないとあちこち触ってますます映りがおかしくなる。

まだまだ夜が明けない早朝に起き出し、朝ごはんが出て来るのを待つ。

ご飯を食べても、食べていないと言う。

部屋の中は「今日はデイはお休みです」の張り紙があちこちに貼ってある。

デイの無い日も「まだ迎えが来ない」と言っては外に出たり、部屋に戻ったりを繰り返す・・・

 

デイに行き出してもう3年くらい経ちますかね。

義母の認知症の症状に困った長男の妻は、市役所へ相談に行ったそうです。

その際窓口で「まだまだ大したことないから」と言って介護保険の申請を受け付けて貰えなかったそうです。

それでこちらに相談に来たということでした。

 

もう私は忘れていたが、この前の訪問の時、長男の妻がそんな話をした。

「今日のニュースでアレルギーのある自分の子どもに牛乳を飲ませたって。2人で暮らしてあったそうです。どこも相談に行けなかったんじゃないですかね。もうお母さんは1人でいっぱいいっぱいだったんじゃないですかね。私思い出したんです。こんなサービスを受ける前のことを・・・」。

私はそのニュースを知らなかったが、当時の自分の気持ちを重ねたのだろう。

そして、「今はこうやって毎月来てくれるので本当に安心です。本当に助かります。ありがとうございます」と言った。

 

長男の妻は、義母が元気な頃はいわゆる昔からある嫁姑の関係で、泣くことも多かったようだった。多くは語らないが、彼女は言った。

「今の方が断然良い。おばあちゃん、聞かない時もあるけど、ありがとう、お世話になりますって言ったりするんです。もうそんなこと言われたことなくて。今の方が全然良いです」。

以前は別の部屋で寝ていたが、ベッドの横にポータブルトイレを置くようになり、隣で寝るようになった。

「別の部屋で寝ていた時はちょっと物音がすると気になって眠れない時があったんですが、不思議ですね、今隣に寝ていて夜中に歌を歌われても平気で寝ている自分がいるんですよ」と笑って話す。

私も一緒になって笑う。

人間って凄いですねーって。

仕事もあるし、身体は本能で休ませてくれるんですねーって。

寝ないと持たないですもんねーって。

 

にんげんってすごいな。

この人の持っている強さが、やさしさが、十分に介護に発揮できていると思う。

「そうじゃないでしょ、違うでしょ」って喧嘩している2人を見て、「そんなにムキにならなくても」と笑って言う長男(多分優しく)。

「でも言っても良いんじゃないかって」と長男の妻。

良いと思いますよー

認知症の人に否定はよろしくないと言うのが一般的であるが、実際には否定してもその後症状が悪化するとか、そんなことになるとは全く限らないのだ。

毎日親子喧嘩しているケースもあるが、その時以外は多分仲良し親子。

認知症だってそうじゃなくったって、人間だもの、口喧嘩くらいしたって当たり前。

聖人君子みたいに、認知症の人に自分を殺してまで優しくし続けられるかって言ったらできないでしょ、潰れてしまうでしょ。

否定したって全然大丈夫な場面や人間関係だってあるのだと思う。

私は本人の味方でもあるし、介護者の味方でもある。

どちらの言うことも否定しない。

全くもってその通りだと思うから。

 

 

 

おばあちゃんは礼を言う。

今は小さい世界に住んでいる。

脳はかなり萎縮している。

だけど優しくされたら、礼を言う。

感謝の気持ちは残っている。

それは社交性を保っているということ。

それは人間としての尊厳。

生きること、生きていくことを教えてくれる。

 

 

 

家に拘る人

要介護5。

しかも独居。

介護度の中では最も重度であり、十分な介護が必要な状態である。

この頃では誤嚥性の肺炎などで入退院を繰り返している。

退院の頃になると決まって病院の方から、「どうしますか?施設を紹介しましょうか?」と在宅生活が困難だろうと娘に話がある。

その度に娘は私の携帯に電話してきて、「いろいろ言われるが家で看ますって言ったんです。後はケアマネがちゃんといるからそっちに相談しますって言ったんです」と言う。

いつも携帯にかけてくる娘は何故か私に絶大の信頼を寄せているようで、昼夜問わず、私の休みの日でも、勤務時間をとっくに過ぎているってわかっていても、他人の相談まで持ち掛けてくる、とても世話好きな女性。

一度、まずは会社にかけて貰って、実際運転中とか出れないので、他のケアマネが伝言受け取ってまた私がかけなおしますからって言ったことがあったが、実行して頂けないまま・・・

「携帯が早くて便利でしょうが」と言われる。そ、ですね。

 

そんな娘は働き者で介護にも熱心である。

認知症の進行に伴い、実母に引っかかれたり噛みつかれたりしても、NHKの介護講座などを見て参考にしたり、実践したりする。

より良い介護や生活の質の向上のため、いつでも誰からでも情報を得ようとする前向きな人。

ここ数年は更に進行したため、叩こうとする行動も無くなり、ただ唸り声を上げるだけになった。

当初から意思疎通は殆どできなかったが、感情や気持ちがくみ取れない状態の母を彼女は絶対に施設には預けないと言っていた。

親がそんな状態になった時、すぐ家では看れないと判断し施設入所を決める人と、こうやって長いこと在宅生活を続ける人がいるが、勿論後者の方が断然少ない。

介護度が重くても、ALSやリウマチのように脳神経が侵されていない人に対して家族は、「ボケてくれたら預けやすいんだけどねぇ」と言う。

実母に暴言を吐かれたり、叩かれたり、排泄の失敗を片付けても「ありがとう」の一言も言われなかったのに、長年在宅を選んでいる理由は、あんなところには入れたくない、もっと悪くなるというのが彼女の信念だった。

しかし、とっくに介護5。

でも在宅を選ぶのに理由はどうでも良い。

本人や家族が望めば最大の力になりたいと思う。

 

病院から言われるのは無理がない。

前回入院した時は、夜間のオムツ交換の頻度が少ないせいもあり、尿路感染症による発熱。

それまでは週5日のデイ、ショートステイが2日。

デイは夕食後の送りで、パジャマに着替えて一番吸収性の高いオムツを当てて帰す。

兄妹が寝る前に家に行き様子を見て、室温の調整をして帰る。独居ですから

夜間のオムツ交換が無いので、朝漏れていることが多く、感染しやすい状態が続いていた。

なので病院から在宅に戻るためには、再発しないような対策を求められた。

ヘルパーを入れるにも限度額をオーバーするので無理。

兄妹は考えが末、夜11時頃お互いが母の家に赴き、2人でオムツ交換をすると言った。素人が1人でオムツ交換できる状態ではない

その時もう限界じゃないですか?そろそろ施設も考える時期なのではないですか?

と、言うこともできた。

でも、これまでの娘の意向を充分知っていたのでまだいけるかもしれないと思った。

それで提案してみた。

デイ3日、ショート4日。

それでやってみませんか?

ショートの間はオムツ交換に夜間来ることはない。

3日、1週間に3回頑張ってオムツ交換に来る。

それでやってみませんか?

それを聞いて在宅を躊躇していた他の兄妹も、「それなら」と。

それで在宅介護?と言われるかもしれない。

それでも、朝はオムツ交換をし、ベッドから起こして車椅子に移し、朝ご飯を全介助で食べさせ、デイやショートへ送り出す。

それでも家なんです。

何を食べているのか、味はどうなのか、お腹いっぱいなのか、もう少し食べたいのか。

そもそも誰に食べさせてもらっているのか?

ひとつもわからないけど、自分の子ども達がスプーンで食事を口元に運ぶ。

少しでも口から栄養を摂らせたい。そんな娘のささやかだけど暖かい想い。

 

今回の入院で言われたことは、もう今後は食事もベッド上でしょう、しかもミキサー食になっていて、家に帰ってもそういった物を購入しなければならない、高額になりますよ、それでも家ですか?と言う話だったようだ。

娘はそれでも良い、お金はかかっても良い、デイやショートには自分が買って持って行って良いと言ったそうだ。

いやデイやショートにはミキサー食を用意してもらうので持って行かなくて良いですよと言うと、また一つ安心したようだった。

それでも「まだ入院できるなら年明けまで置いてもらっても良いかなと思っている」と言う。

長生きして欲しい気持ちと、何度入院しても復活して、少しずつ介護者側も年を取っていく。

少し意地になっていますか?

対外的なことも少しは影響していますか?

 

どの段階でそれはいつ?

介護者との何気ないいつもの会話の中で、そっと・・・

そろそろ施設の申し込みをされていて良いと思いますよ。

それがいつになるのか。

それはいつかのタイミング。

 

 

 

あなたの手で育てられた子どもは

その手で傷けられても決して傷つかない

それは確かな愛情と慈しみの心

それはどんな形になっても

恐れることなく

最期まで貫かれる親への恩返し

 

 

 

 

 

 

 

かわいそうな人

訪問看護師から再三電話がある。

「Ⅿさんがかわいそう。みんなで言ってるんですよ。食べる物が無くて」。

ヘルパーも言ってきた。

「かわいそうだなって思う」。

うんうん、そうかそうか、かわいそうか。

 

息子と2人暮らし。

本人は癌の転移で予後不良と思われるが、今のところ主に外来で抗がん剤の治療を行いながら、在宅生活を送っている。

これまでも、オムツが無い、ストマの装具が無い、食べる物が無いという話はあった。それを一つ一つ解決するよう息子と話しをしてきた。

 

オムツ(リハビリパンツ)は市の高齢者福祉サービスを申請したものの、日中就労している息子は電話による確認や受け取りなどが難しそうだった。

なので、デイサービスのスタッフにチケットを預け、毎月デイで受け取って貰うようにした。

ストマは人工的に作られた新しい排泄口のこと。便や尿を受け止める袋(パウチ)などを身体障がい者手帳で日常生活用具の給付が受けられる。

退院する時に説明を受けてきたはずなのに、本人にしか説明が無かったのか、本人は覚えておらず、手続きがなされず数ヶ月経ってしまった。

やっと息子が手続きに行ったが、その後決定通知の手紙がきていたはずなのに紛失してしまい、実際受け取るにも時間を要した。

役所関係の書類の宛名は全て息子さんの名前にした方が良いと思うと伝えた。

お母さんの名前の郵便物は全部自分の部屋に持って行ってしまい、わらかなくなってしまっているようだったから。

 

食事に関して、当初は市の配食サービスを利用していた。

しかしすぐ「あんなに食べれないし、食べたくない。要らない」と言って断った。

朝から晩まで働いているという息子に、今後食事はどうしますかと聞くと、「何か買って置いておきます」と言った。

訪問看護、デイサービスを週4回、福祉用具のレンタルを入れたら、ヘルパーは週2回しか入らない。それ以上サービスを入れると限度額からオーバーする。

息子はオーバーは困ると言った。

介護保険は介護度(1~5)によってそれぞれ使える限度額というものが設定されていて、その範囲内でサービスを利用すれば1割(一定所得以上の人は2割)で良いがそこからオーバーすると10割負担となる

それで、食事は買ってくると言っていたのだが、実際はカップラーメンや冷凍食品だった。

本人は「カップラーメンは食べたくない」と言う。

冷蔵庫には賞味期限が切れた物があり、ヘルパーに必ずチェックして捨ててもらうようにした。

私が訪問した時も、「何も食べていない」と言うため冷蔵庫を見たところ冷凍室にピザがあったためトースターでチンして食べて貰った。「美味しい」と言った。

やはり熱い物は熱く、冷たい物は冷たくして、今食べたい物を食べたいと言うのが本音なのだろう。

しかしお母さんが冷凍食品の袋に書いてある説明書を読み、理解し、電子レンジを使うことができると息子は思っているのだろうか。

 

今回は息子が1週間くらい県外に行くと言った。

その間お母さんをどうしましょうか、デイを1日追加しましょうかと聞いた。

はっきりとした返事は無かったが、「姉に来てもらおうかとも考えている」と言った。

なので、息子から「今日から行くのでデイを追加してください」とメールを受け取った時、お姉さんが来てくれることになったのかなと思った。

それ以外の相談が無かったから。

でも、と一抹の不安を感じ、すぐお姉さんが来てくれるんですかとメールを送った。

息子からの返事は無かった。

これまでも、何か不都合なと言うかあまり答えたくない返事はいつも返ってこなかったので、もしかしてと思った。

案の定、デイからヘルパーから冒頭の電話である。

「Ⅿさんが腐った鍋を食べてたんですよ。もう、かわいそうでかわいそうで」。

「息子さんどう思ってるんですかね」。

「混ぜるだけの炊き込みご飯の素でご飯を炊いてあったんですけど、床にご飯がボロボロ落ちている。目があまり見えないので踏んづけている」。

「冷蔵庫の中に茶色いしめじが入っているけど・・・」

それ、ブラウンしめじじゃない?

いや、普通のしめじ・・・

 

本人に会いにデイへ。

息子さんがしばらく留守にすると聞いてありましたよね。

食事はどうするとか話し合ったんですか?

本人が大丈夫、何とかすると言ったのかもしれない

「うん、それがちゃんと話してないのよ」。

でも息子さんがいないとどうするかちゃんと話し合っておかないと困りますよね。

「うん、そうなの」

本人を責めているわけではありません

でも2人とも立派な大人なので、考えることはできたでしょ

娘さんが来る予定だった?

「いや娘が来たら私が困る」。

娘さんとの関係はやはり良くないのだな

どうしましょうか、ヘルパーにお弁当を買ってきてもらいましょうか。

「そうしてください」。

どんなお弁当が良い?

「和風が良いな」。

ヘルパーさんに幕の内みたいな和食のおいしそうなお弁当を買ってきてもらいましょうね。

 

今回は食べ物だけではなく、薬も足りなくなったのだった。

これまでも危うい時があり、デイや訪問看護師をヤキモキさせた。

デイのスタッフや訪問看護師が残薬をかき集めても足りず、血圧が200になった。

 

今回ばかりは少し踏み込んだ話をした方が良いかもしれないと思った。

息子にデイでのお母さんの様子を実際に見てもらった後、相談室で2人で話をした。

と言っても、口数の少ない寡黙な息子である。

簡単には口を割りません。笑

というか、私もデイのスタッフも看護師さんも、息子さんとお母さんの味方、敵じゃないですよね。

お母さん血圧が200だとせっかくデイへ来てもお風呂に入れなかったりリハビリができなかったりするんですよ。血圧が高いと心臓にも負担をかけるんですよ。それで体調が悪くなったり病気が悪化したりしたら困りますよね。薬を飲まないと言う日を作らないように。薬を貰ったらその時点で無くなる日がわかりますよね。早め早めにお願いできますか。

勿論、怯える?息子に対しゆっくりとやさしく落ち着いた声で。

やっと言ったのが「今回は仕事が忙しくて・・・」。

いやわかっています。

どこまでプライベートに踏み込んで良いのか。

良い年頃と思うので、きっと仕事だけではないのだろう。

息子さん1人でお母さんを看ているので、皆心配しているんです。

1人で抱え込み、追い詰められているんじゃないか・・・

 

帰り際息子に伝えた。

一緒に考えられることもあるかもしれないので、いつでも何でも相談して貰って良いですよ。

何か困ったことがあったら私を思い出してください。

 

 

かわいそうな人。

食べ物が目の前に無いからかわいそうなのか。

本人や家族の想像力の欠如、予測能力の低さから起こりうる困りごとに対して、どこまでお膳立てをするのか。

あくまでも本人・家族の自立支援であるなら、困ってしまってからどうしようか、困ったから次はどうしたら良いかと考えるチャンスなのかもしれないとも思う。

こんなケアマネでごめんなさい。

なんだか一緒になってかわいそうモードになれないケアマネでごめんなさい。

自分の身内のように心配し憤る看護師。いくら同じ薬だからって8月の分は飲ませられないと。いや緊急時だから飲んで良いんじゃない?いや飲ませて欲しい。自分だったら飲む!笑

迎え時薬をかき集め、何とか薬を飲ませようとするデイのスタッフ。お風呂に入れてあげたかったのよね。

言われたこと以上のことをやってくれているだろうヘルパー。もっとやってあげたいけど時間が足りないのよね。時間あげれなくてごめんなさい。

 

お母さんに今何か困ったことやこうしてもらいたいなどの希望がありますかと聞いたことがあった。

お母さんはうーんとしばらく考えた後こう私に言った。

「1人でいる時間が長いのでさみしい。本当は息子に早く帰って来て欲しい。でも私がわがままを言ったら息子がせっかく働いているのにね。息子が家にいてくれるからこの家に居られる」と。

 

 

みな心の中に愛を持っている。

一人ずつ色が違うし光具合も違うが、みな愛を持っている。

息子の胸にもお母さんにも。

いつも愛が同じ形だとは限らない。

自分と同じだと思い込むのは誤解を生みやすい。

考え方や生き方がいろいろなのと一緒で、愛にも多様性がある。

その多様性の中でみな一生懸命生きているのではないか。

それぞれの愛を尊重し、支援に繋げていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこ、に住む人

誰もがそこに人が住んでいるなんて思いもしなかった。

しかも子どもまで・・・

 

皆が聞き返す、「あそこに人住んでたの?噓でしょ?家の外、粗大ゴミみたいな物がいっぱいあるよ」。

そう、私も知らなかった。そこに家族が住んでいたなんて。

玄関とおぼしき入り口は分厚い木でできており、開かない閉まらない、ゴトゴトと音を立てる。

どこにあるかわからない台所は・・・あえて見る必要はない。

部屋の中は・・・暗くて隅々まで見えない・・・あえて見る必要はない。

本人の部屋の畳はべこべこと波打っている・・・転びますね。

入退院を繰り返し、これまで布団で寝起きしていたが、ベッドが必要という話になった。しかし一体どこに置くか?

畳はまずい。床が抜ける可能性が高い。

何とか縁側の床の上に置けるショートタイプの特殊寝台を設置することができた。

本人はとても気に入った。本人の居場所が確保された。

 

しかし、家全体が問題である。

台風や地震などの災害時、家屋損壊の恐れ大!

誰もが危険と思っているのに、どうしてこれまで何もアクションが無かったのか?

担当が変わった時がチャンス。私は生活保護課のケースワーカーへ電話した。

 

あのままでいいんですか?

危ないですよね?

 

「持ち家ですからね~」・・・

 

そ、それで?

 

「持ち家ですからね~」・・・

 

何でも持ち家だと、引っ越しなどの提案はできない、と言うことのようだった。

役所は申請主義です。

本人・家族自らの訴えがない限り、もしくは相談でもしない限り、役所は動きません。

 

で、でもですね、災害があった場合、あの家持たない可能性が大きいですよね?

 

ま、この質問に対ししての答えは何とも言えないのが当然かもしれないが。

持つか持たないか、そりゃ専門家でもない限り確定した答えは出ないだろう。

 

でも・・・

 

自分の担当の時に壊れなければそれでセーフなのかな?

ケースワーカーは担当がコロコロ変わる。

この時も自宅でサービス担当者会議をするから顔合わせも兼ねてご参加願いたいと電話を入れ、連携が取れたらと思ったが、「会議があるので。」と断られた。

たった1年か2年で自分の担当が変わるんだったら、深入りせず当たり触らず任期が終えればそれにこしたことはないのだろうか。

何も寝た子を起こすことはない?

自ら訴えられる人たちは良い。

しかしこのケースは、本人のみならず家族も知的障害がある一家だった。

そこに何十年も住んでいる当人たちは、危険性など全く感じていないようだった。

 

「家が危ないので近くにある市営住宅に引っ越すよう役所に相談に行ってはどうか」と、誰が言えるのだろう。

もしかしたら、そこに住みたくて住んでいるのかもしれない。

元々地域で孤立しているその一家は、他者を信用するには時間が必要だった。

 

我々関係者は度々どうしたものかと相談しあったが、本人とその家族の真意を確かめる間もなく、本人が亡くなってしまった。

 

そして、彼らはまだあの家に住む。

 

生活の質や生活環境そのものは、人それぞれであり、どこまでが支援なのか、

どこまでが過剰なのか、どこまでが贅沢と言われるものなのか。

一般的な生活水準とは。

保護世帯の生活環境とは。

どれも平準化できないものなのだろうと思う。

それぞれの生きてきた価値観がある。

自ら選んで今がある。

でも選べない人生もあるかもしれない。

親が貧困だと子どもは良い教育を受けられず貧困の連鎖が繰り返されることも多いだろう。

 

私たちは社会的弱者と言われる立場の利用者やその家族に関わり、それぞれの生活や価値観、その思いに触れる。

短期間では難しいのは勿論のこと、数年経って初めて知り得ることも少なくない。

利用者及びその家族のこれまでの人生と、ちょっと後ろから一緒に歩いていくこれからの人生の、そう長くはない道のり。

どちらも大事にしていきたい。

 

 

 

 

   

 

引き受ける人

敬虔なクリスチャンであるその一家は、極々普通の家族。

何故引っ越してきたのか詳しくは聞かなかったが、数年経った頃思いもかけぬ理由でこちらに来たのだと知った。

担当である利用者の妻は高齢にも関わらず、これまで働く娘の代わりに家事を担ってきた。この頃は多少の物忘れも出てきたが、お花を植える優しい人。

口数の少ない夫の代わりに、私によく話をしてくれた。

その日は何故か引っ越してきた理由を話し始めた。

娘が結婚する際、夫に持病があったが、その時は落ち着いていた。しかし結婚後徐々に悪化し、家族に暴力を振るうようになった。

子ども達はトイレに隠れていることも。

子どもをそっとお使いに出したりすることもあったと。

お使いが終わったら隣のおばちゃんの家に行っていなさいと。

ある時その夫の主治医が言った。

「今、逃げなさい。皆で遠いところに逃げなさい」と。

それで身内のいるこの土地に。

人の悪口も言わず、ご近所の方ともすぐ仲良くなり、争いのない穏やかな優しいこの家族にこんな苦しい過去があったなんて。

 

クリスチャンだと知ってしばらくして、宗教をしている人にいつか聞いてみたいと思っていたことを聞いてみた。この人ならと。

宗教を持っていることによって子育てにどんな影響があったと思いますか?

何が良いと思われますか?

「子どもが家族や学校以外に行くところ、よりどころがあったのが良かったと思う」。

勧誘が当たり前のような宗教もありますが?

「宗教は誘うものではない。個人の問題だから。自分だからね」。

その人達を見ていると、宗教も悪くないと思える。

しかし、親がしている宗教をそのまま子どもが信心していくのはどうだろう。

他の宗教を知らず学ぶこともなく。だって親=子どもじゃない。

選べない、選ぶことができない引かれたレール。

疑問を持たないことが既に幸せということか。

その質問はできなかったが・・・

 

人にやさしく人の悪口を言わず、争い事を好まず人を恨まず妬むこともせず、正直に生きてきただろう者達は、その人生のどこかで、ある厄介なモノ、を引き受けることになるのかもしれない。

慈悲の心に入り込んでくる厄介なモノ。

 

物語は続く。

あなたは、私は、この先どんなモノを引き受けていくのか。

物語は続く。

 

 

 

 

 

働く人・働けない人・働かない人

 

人は、働く人と働かない人に分けられる。

働かない人の中には、働きたくても働けない人と、働くことは出来るが働くのを止めた人がいる。

何を持って働くのかと考え出すと難しいので、ここでは単に「労働」としよう。

労働とは、1.からだを使って働くこと。特に、収入を得る目的で、からだや知能を使って働くこと。「工場で―する」「時間外―」「頭脳―」

2.経済学で、生産に向けられる人間の努力ないし活動。自然に働きかけてこれを変化させ、生産手段や生活手段をつくりだす人間の活動。労働力の使用・消費。

 

私はこれまで何一つ病気をしたことがないということは無いが、何とかこれまで働けるだけの肉体と精神を持ち続けられてきたんだろう。

それはたまたま偶然の賜物だったのかもしれない。

鬱の扉を開けなかっただけ、

癌ができても知らないうちに消えてたのかもしれない。

または、癌が今身体の中にあるが、たまたまおとなしくしているだけなのかもしれない。

そして、私が働くのは私自身のため。

誰かのために働いているわけではないし、誰かに感謝されたくて働いているわけじゃない。

働くということはそういうこと。

 

彼の母親を担当することになり、彼と初めて会ったのは、彼自身を苦しめていた父親が亡くなった後だった。

彼はいつの頃からかわからないが、父親に怒られ貶められて育った。彼に会って当時父親は何とかこの子をどうにかしなければと思っていたのかもしれないと思ったが、それにしてもその父親が無知だったとしか思えない。明らかに何らかの障がいを持っているだろう息子。それなりの公的機関に相談したら、父親も納得して接することができたんではないか。怒ったり叩いたりしても、何も解決しなかっただろうに。

母親はそんな息子をずっとかばってきた。

その母親が認知症となったため、父親から解放されても日常生活が滞りなく継続できるのか心配された。

しかし、近所に住む叔母が何かと気にかけ、協力もあるようだった。

そんなある日、「お金がないので生活保護を受けようと思います」と彼から電話があった。

「でも車を持ってたらダメなんでしょう?」と。

いやいやいやいや、その車叔母さんのでしょ。

たまに借りるぐらい、持ってないで良いんですよ。

「あーそうなんですか」と安堵した声。

息子がベンツ乗ってる保護受給者もいるのに。

勿論難なく保護の対象となり、支給が始まった。

そんな彼なので、的の外れた質問をしてきたり、一般的なこの年齢の成人男性の会話とは少し様子が違っていたが、それは彼の素直さだったり純真さだったりで。

いつの間にか私に対する警戒心が全く無くなり、いつもニコニコしている彼。

でもずっと訪問していると、何か引っかかるものが…

もしかして、何か宗教してます?

「はい、〇〇です。良いですよ〜」。

 

保護が始まり安心していたのだが、そのうちまた「お金が足りない」と電話してくるようになった。

「携帯代が高いのでどうしたら良いですか?」。

「オムツが足りないんです。どうしましょう?」。

「病院が送迎が無いのでどうしたら良いか」。

 

携帯は携帯会社に相談して下さい。

高齢者福祉サービスで受けているオムツ給付は足りない場合は自費で購入して下さい。

そこの病院から家までワンメーターですけど?それも無いんですか?

とストレートの質問も彼にはできる。

往診という形に変えることはできますよ。

 

とにかく、保護費を増やして貰いたかったようだった。

オムツは1日2回しか変えないからいつも漏れていた。

これまでずっとかかっていた主治医だったので、息子のことも良く分かってもらっていたし、結局彼も病院は変えなかった。

お金が足りない…

その宗教の場所に行くには電車賃が必要で、本部?は他県にあるようだった。 ネットで調べてみた。 調べなくても彼に聞けばもっと詳しく喋ってくれる…

部屋の壁に筆ペンで書いた戒律がある。

「これがなかなか守れないんですよね〜」。

うん、守れなくても良いからオムツ変えてくれない?

1日2回とかあり得ないよ?

デイの食事代払いたくないからって、デイを休ませてませんか?

お母さんにとって唯一の社会的交流の場を取り上げないでくれや〜

お母さんの介護に必要なお金まで何処ぞやの宗教に注ぎ込まないでくれや〜

と心の中で呟く。

彼も幸せになりたくて、信心しているんだろう。

勿論多くの宗教で信心している末端の殆どの人々の暮らしは質素です。

彼も同様です。

保護課の担当者に電話。

「年金が多いので保護費は全額は出ていない」。

 

働く人は働けば良いし、何らかの理由で働かない人は働かなくて良いと思う。

働かない人の多くはきっと働けないんだろうと思う。

でもね、公的なお金の使い道はまずは生活や介護が優先されるべきなんじゃないかな?

でも、宗教が生活の全てだったら?

同居する者の意志が不確かな場合は?

ネグレクトまでいかないにしても、信心深さが守るべき弱者を後回しにしてしまっていませんか?

 

人は何かを信じすぎると、かえって何かを見失なってしまうのではないか。

私は私の感覚を信じていきたい。

心の声が行き先を教えてくれる。

 

 

迷える人

息子は優しい。

そして妻より母を選ぶ。

というケースは比較的多いように感じる。

現に、突然相談したいことがあるとやってきた長男は心の中の迷いを吐露し、私の一言でホッとし帰って行った。あと1週間そこらで有料老人ホームに入居することが決まっていたのにも関わらず、本当にこれが正しい結論なのか、迷っていたのだ。

相談室から戻った私を他のケアマネが、「息子さん優しいですね~もしかしたら独り者か離婚されているかどっちかなのでは?」と図星の質問。

他のケアマネもこういったケースをよく経験しているのだ。

 

長い長い独居生活。

その間一緒に暮らしていた猫も死んでしまいました。

それでも何とかさみしさと闘い頑張ってきましたが、ここ数年は物忘れも多くなりましたね。

私が訪問する度に、「もう忘れてしまって、もうこの家では暮らせないかなと思います。施設に入らないといけないかなと思います。でも施設に入ったらもっとボケるよって息子が入れてくれないんです」と笑って言っていました。

私が毎回、「ヘルパーさんの来る日や時間や、わからない時はちゃんと自分で電話をかけれるし、自分でトイレも行けるし、自分でご飯も食べることができるし、まだまだお家で暮らせると思いますよ」と言うと、「あーそうですか。そう言ってもらえると本当にうれしいです。まだ大丈夫ですか。自信がつきます」と笑顔でした。

そして、「この家で死にたいです」と言っていました。

 

でも家で死ぬのは簡単じゃない。

この夏、脱水や栄養不良で入院すること数回。

そこで以前から時々出ていた老人ホームへの入居が現実味を帯びてきた。

毎週末泊まって何とか独居生活を支えてきた息子であったが、他のきょうだいと相談し、あちこちの施設見学を始められた。

ケアマネは施設紹介はできるが最後の決定権は家族にある。

私が本人と会うのをためらっていると(私の顔を見ると家に居たいと言われるんじゃないかと思い電話も躊躇していた)、本人から電話があった。

この日は、「今日はヘルパーさんが来る日じゃなかったですか?」でも、「掃除は何曜日でしたっけ?」でもなく、彼女の決意表明だった。

「私施設に入ります。もうご飯も作れないし(何年も前から作っていないが)、そこにあっても食べてなかったり飲んでなかったり、栄養失調ですって。だから入ろうと思っています。その方がいいと思って」。

私は、「そうですね、その方が安心ですね。子どもさん達も心配されていましたもんね。今から会いに行っていいですか」。

 

決まってからも息子さんは悩んでいた。

本当にこれが正しい結論なのか。

自分が楽をしようとしてこうしたんじゃないか。

と自分を責め続けていた。

私はきっぱりとこう言った。

「この時期この判断はお母さんにとってベストです。悩まれるのは当然です。何が正しいのか誰にもわからない。ただこの数ヶ月間を見ていてこれ以上の独居は厳しい状況だった。それは本人もわかったはず。だから私に電話をかけてきたのです。自分にとっての安心、家族にとっての安心は家に居続けることではないと自分でわかったんだと思います。一生施設から出れないわけではない。週末など連れて帰れるのであれば連れて帰って良いし、そうやって施設に徐々に慣れていけば良いんじゃないですか」。

真正面から私を見据えていた息子は即座に、「わかりました!そうします!そうですね!」と言った。

自分に言い聞かせるように。

人は相談した時には既にその答えは自分の中に持っているという。

彼も私に言って欲しかったのだ。

「あなたは悪くない」。

どうして親を施設に入れることに罪悪感を感じるのか。

姥捨て山の遺伝子の残り?

この長生きの時代、家族の精神的・身体的介護負担は大きい。

在宅が困難になる時期は必ず来る。

その時に家族の関係性が大きく影響する。

あっさり賛成した娘達をよそに息子は1人迷っていた。

 

人はいつもいつの場面でも必ず自分が選んで今を生きている。

正しいか正しくないか、そこに留まることが必ずしも意味を持つとは限らない。

しかし、人はぐるぐると答えの出ない問答を繰り返し、誰かに言って欲しいのだ。

「あなたは間違っていない」と。

 

優しい息子。

親孝行の息子。

母を選んだことに迷いがなかったのかわからないが、人は幸せになるために選んで生きていると思うので、これが彼のベストなのだろう。

幸せも、生き方も、自分で決めているのだから。