家に拘る人
要介護5。
しかも独居。
介護度の中では最も重度であり、十分な介護が必要な状態である。
この頃では誤嚥性の肺炎などで入退院を繰り返している。
退院の頃になると決まって病院の方から、「どうしますか?施設を紹介しましょうか?」と在宅生活が困難だろうと娘に話がある。
その度に娘は私の携帯に電話してきて、「いろいろ言われるが家で看ますって言ったんです。後はケアマネがちゃんといるからそっちに相談しますって言ったんです」と言う。
いつも携帯にかけてくる娘は何故か私に絶大の信頼を寄せているようで、昼夜問わず、私の休みの日でも、勤務時間をとっくに過ぎているってわかっていても、他人の相談まで持ち掛けてくる、とても世話好きな女性。
一度、まずは会社にかけて貰って、実際運転中とか出れないので、他のケアマネが伝言受け取ってまた私がかけなおしますからって言ったことがあったが、実行して頂けないまま・・・
「携帯が早くて便利でしょうが」と言われる。そ、ですね。
そんな娘は働き者で介護にも熱心である。
認知症の進行に伴い、実母に引っかかれたり噛みつかれたりしても、NHKの介護講座などを見て参考にしたり、実践したりする。
より良い介護や生活の質の向上のため、いつでも誰からでも情報を得ようとする前向きな人。
ここ数年は更に進行したため、叩こうとする行動も無くなり、ただ唸り声を上げるだけになった。
当初から意思疎通は殆どできなかったが、感情や気持ちがくみ取れない状態の母を彼女は絶対に施設には預けないと言っていた。
親がそんな状態になった時、すぐ家では看れないと判断し施設入所を決める人と、こうやって長いこと在宅生活を続ける人がいるが、勿論後者の方が断然少ない。
介護度が重くても、ALSやリウマチのように脳神経が侵されていない人に対して家族は、「ボケてくれたら預けやすいんだけどねぇ」と言う。
実母に暴言を吐かれたり、叩かれたり、排泄の失敗を片付けても「ありがとう」の一言も言われなかったのに、長年在宅を選んでいる理由は、あんなところには入れたくない、もっと悪くなるというのが彼女の信念だった。
しかし、とっくに介護5。
でも在宅を選ぶのに理由はどうでも良い。
本人や家族が望めば最大の力になりたいと思う。
病院から言われるのは無理がない。
前回入院した時は、夜間のオムツ交換の頻度が少ないせいもあり、尿路感染症による発熱。
それまでは週5日のデイ、ショートステイが2日。
デイは夕食後の送りで、パジャマに着替えて一番吸収性の高いオムツを当てて帰す。
兄妹が寝る前に家に行き様子を見て、室温の調整をして帰る。独居ですから
夜間のオムツ交換が無いので、朝漏れていることが多く、感染しやすい状態が続いていた。
なので病院から在宅に戻るためには、再発しないような対策を求められた。
ヘルパーを入れるにも限度額をオーバーするので無理。
兄妹は考えが末、夜11時頃お互いが母の家に赴き、2人でオムツ交換をすると言った。素人が1人でオムツ交換できる状態ではない
その時もう限界じゃないですか?そろそろ施設も考える時期なのではないですか?
と、言うこともできた。
でも、これまでの娘の意向を充分知っていたのでまだいけるかもしれないと思った。
それで提案してみた。
デイ3日、ショート4日。
それでやってみませんか?
ショートの間はオムツ交換に夜間来ることはない。
3日、1週間に3回頑張ってオムツ交換に来る。
それでやってみませんか?
それを聞いて在宅を躊躇していた他の兄妹も、「それなら」と。
それで在宅介護?と言われるかもしれない。
それでも、朝はオムツ交換をし、ベッドから起こして車椅子に移し、朝ご飯を全介助で食べさせ、デイやショートへ送り出す。
それでも家なんです。
何を食べているのか、味はどうなのか、お腹いっぱいなのか、もう少し食べたいのか。
そもそも誰に食べさせてもらっているのか?
ひとつもわからないけど、自分の子ども達がスプーンで食事を口元に運ぶ。
少しでも口から栄養を摂らせたい。そんな娘のささやかだけど暖かい想い。
今回の入院で言われたことは、もう今後は食事もベッド上でしょう、しかもミキサー食になっていて、家に帰ってもそういった物を購入しなければならない、高額になりますよ、それでも家ですか?と言う話だったようだ。
娘はそれでも良い、お金はかかっても良い、デイやショートには自分が買って持って行って良いと言ったそうだ。
いやデイやショートにはミキサー食を用意してもらうので持って行かなくて良いですよと言うと、また一つ安心したようだった。
それでも「まだ入院できるなら年明けまで置いてもらっても良いかなと思っている」と言う。
長生きして欲しい気持ちと、何度入院しても復活して、少しずつ介護者側も年を取っていく。
少し意地になっていますか?
対外的なことも少しは影響していますか?
どの段階でそれはいつ?
介護者との何気ないいつもの会話の中で、そっと・・・
そろそろ施設の申し込みをされていて良いと思いますよ。
それがいつになるのか。
それはいつかのタイミング。
あなたの手で育てられた子どもは
その手で傷けられても決して傷つかない
それは確かな愛情と慈しみの心
それはどんな形になっても
恐れることなく
最期まで貫かれる親への恩返し